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命を吹き込む

経絡」の実態は体表のフォノグラムです
この「経絡」についてですが

死体には「経絡」がない

といわれています

死体には「気」がないのです

kei.jpg


生命とはなんでしょうか?

死体も叩けば音が出ます
そういう意味では「音図」:フォノグラム は採れます

死体は生命ではありません

よく「生気のない抜け殻」という表現を使いますが
このとき無機質な物質のようなものという
ニュアンスが含まれていると思います

死体を生命とみなす人はいないでしょう

また これまで ただの木材が 
生命力を感じさせる楽器に変身するところも見てきました

いわば 「物」に「生命」を吹き込んだのです

命とはなんでしょうか?

板切れ(物質)が楽器(生命)に変質する時

何が起きているのでしょうか?

フォノグラムがその答えを知っているようです


violinfig1.png









ピカソと皮膚(1)

われわれは 平面上の 二点間の距離を測るとき 
コンパスを使います
ある長さを コンパスで測り コンパスの足の形を保てば
その長さをそっくりそのまま 別の場所に再現することが出来ます

(平面でなく 凸凹した曲面の場合は出来ません)

19938189.jpg


コンパスの幅を固定し 皮膚上の2点を刺します

おもしろいことに 皮膚感覚は
体の場所によって
コンパスで固定した二点間の距離を 
違う長さに感じるようです


onotekon.jpg
(腕にコンパスをあてがう)


背中は もっとも鈍感で 距離40~60mm の幅の二点も
一点と認識してしまうし

逆に 舌は もっとも敏感で 距離1mmの幅でも
二点と認識できるようです

皮膚感覚で測る距離感は
体の場所によって違う
ということです

宇宙空間のように 場所によって 距離の概念が違うと考えることも出来ます

onokonpas.jpg 
(背中の皮膚感覚は鈍感で 40~60mmの二点間の距離も一点と感じてしまう)

ここで 面白い実験をして見ましょう
実験といっても思考実験ですが。。。。

まず Aさんに目をつぶってもらいます
Bさんに幅を固定したコンパスを何種類か渡します

Bさんがコンパスで Aさんの体のどこかの二点にセットします
つぎに BさんがAさんに二点に感じるか聞きます
もし二点に感じなかったら より大きな幅を持つコンパスに変えます

体の全ての点で試して どこでも二点と感じることのできる
幅のコンパスを基準のコンパスとします(コンパスの幅の上限)

逆に 最小の幅のコンパスも同様に決めることが出来ます

この最小の幅から最大の幅のコンパスを使い
Bさんは Aさんの体中の2点の皮膚感覚の距離を
問診します
Aさんが自己申告で「何mmです」とBさんに伝えるわけです
Bさんは これを全て記録していきます

すると Aさんの全身の皮膚感覚で測った
皮膚上の2点間の距離の全データが手に入ります

それをもとにAさんの身体地図を作ります

どんなでしょうか?  (ヒントは記事のタイトル)

つづく



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ピカソと皮膚(2)

背中では 距離40mm~60mmのコンパスの二点も
一点としか感じられず、逆に 舌では 距離1mmの幅でも
二点と感じてしまうほど 皮膚感覚の距離感はばらつきがあります

Aさんの身体地図は
きっとピカソの絵のように
歪んだものが張り合わされた感じになるでしょう

0b13918c48bbdbe2dc5c95308378c2f9.jpg

皮膚感覚のイメージでは
 自分の身体の視覚的イメージとは
かけ離れてしまうようです

ここで少し ピカソとキュビズムについて調べてみました

キュビズムとは

ルネサンス以来の「単一焦点による遠近法」の放棄
(すなわち、複数の視点による対象の把握と画面上の再構成)

形態上の極端な解体・単純化・抽象化

とあります


複数の視点による という所ですが
これは 身体内部の不統一感からくる
分裂した自我の視点
としてもよいと思います

外部からの複数の視点 ではなく
内部からの複数の視点(統合失調症)

キュビズムの画家たちは 単に 立体を一旦分解し、 
さまざまの角度から再構築しただけに過ぎません
ピカソは むしろ 現代人の精神分裂症的な
ものを「予見」していたのかもしれません


内的な複数の自我(視点)

これが 皮膚の距離感覚で構成した
身体地図のゆがみに現れているわけです


つづく

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