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魔法の望遠鏡(2)

「無限」について考えています

以下はコッホ曲線というものです 「極限」概念の例です

621pxKoch.png

これはフラクタル図形の典型です

部分は常に全体を含んでいます
全体は部分を含んでいます

どんなに拡大しても
どんなに縮小しても   (無限に)

このような図形が現れます

このコッホ曲線は「時空的」概念です

この図は動いています  「ある極限に無限に近づいている」(時間的)

そして対象でもあります (空間的)

このコッホ曲線が空間的な「対象」になる時
時間的な「動き」はどこに行ってしまうのでしょうか?

それは われわれの内部に「取り込まれて」しまいます

ここに 主体と客体は未分離になってしまうのです

これが「時空的」概念の特徴です

このようなものは 物理学では扱えません
 
なぜなら物理学は 主体と客体が分離した世界
を扱うからです

時間のパラメーターや空間のパラメーターを
当然のように独立にとっているのも
このことに起因していると思われます

主体と客体の境界が薄れていくということは
時間概念と空間概念の分離が薄れていくということ
です  (世界が融解?)

魔法の望遠鏡を覗くことができれば
何が見えるのでしょうか?



「無限」は「時間」と「空間」の境界にいつも立ちはだかります

「無限」は「主体」と「客体」の未分離の境界線上に現れるのです

Drawing20Hands.jpg


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Comment

No title
書き換えたのですね。
前の、無限の作業過程(運動)とシンプルなオブジェクトが同時に存在している表示は刺激的でした。
どこかで、また生かしてくださると、うれしい。
  • 2011/09/03 16:40
  • ricercar
  • URL
No title
いや~ 数学的教育をうけているせいで 億劫になってしまいました。回りの意見を聞いたら もっと億劫になってしまいました。

気を取り直して 望遠鏡(3)の記事にまとめたいと思います
福永さんのブログが ちょうど間を埋めてくれる内容になっていて面白いと思いました
  • 2011/09/03 17:13
  • おにょ
  • URL
No title
数学の世界で視覚的に観てる時点で、普通は空間的になりますよね。
でもコッホ曲線のようにそこに無限(時間的な動き)が入ってくるというのは、自分の頭の中の想像上で動かしているとういことですよね。それが内部に取り込むということ。

つまり自分の頭の中で運動がおきながらも、観ている。観ていながら、情報が入ってくると同時に自分の中で運動が起こっている。

これが主体と客体がなくなっているということ?

難しくなってきたので整理してみました。

  • 2011/09/03 23:03
  • つちてる
  • URL
No title
さすがツッチー

内部: 「こころ」 に運動を引き起こす 誘発する

これ 魔法

  • 2011/09/03 23:20
  • おにょ
  • URL
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