FC2ブログ

魔法の望遠鏡(4)

20070528220029.jpg
                              (十牛図)

主体と客体がはっきりと分離している状態では
時間も空間もはっきりと分離しています
「意識」という「現象」がはっきりした状態です

しかし 魔法の望遠鏡を手に入れるには
時間と空間が未分離な状態でなければなりません

”月全体を視ようとすれば
当然 クレーターの細かいところまで
視ることが出来なくなります


クレーターの細かいところまで見ようとすれば
今度は逆に 全体像を見失います

いつも不思議に思うことの一つに

なぜ両方を満たす視座が人間に与えられていないのか?”

というようなことを考えてきましたが
まさに意識に制約を与えているのは 時間感覚と空間感覚の分離です

むしろ 時間感覚と空間感覚の分離と意識現象は同じことかもしれません

時間感覚は聴覚とともにに現れます
音は時間の中にしか存在しません
時間がなければ音は存在できないのです(わかりますか?)

空間感覚は視覚とともに現れます
光(色)は空間の中にしか存在しません
目を閉じれば世界は消えます(わかりますよね)

つまり 宇宙を観察するということ(物理学)は
「意識」がしっかりと顕在化し
時間感覚と空間感覚が分離しており
視覚と聴覚がはっきりしているということです

(当たり前といえば当たり前です
この当たり前のことに あえてメスを入れています)

魔法の望遠鏡とはなんでしょうか?

空間感覚と時間感覚が未分離な状態の例として
フラクタル望遠鏡を考えました

視覚や聴覚が脳内で未分離な状態
時間感覚や空間感覚が未分離な状態
とは

無意識」のことです

魔法の望遠鏡は 
あるとしたらそこにあります

kongo_mandara.jpg

フォノグラムは「意識」と「無意識」の境界領域で起きる現象です

「無意識は」言葉を持ちません
これを記述するすべはあるでしょうか?

「時間」「空間」「論理(数学)」などの概念を
もういちど洗いざらい考え直さなくてはなりません

これらは「意識」という現象にぴったりと付随しているからです



スポンサーサイト



Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)