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円について(1)

  • Day:2011.05.09 16:21
  • Cat:数学
頭に中だけに存在する完全な円 イデアの円を思い描いてみてください
すでに完璧に存在しています
円を作図したり コンパスで描いたりしなくても存在しています
頭の中の円は人間の行為(作図)を必要としていません すでにあるのです
これに比べて 現実世界の円は コンパスなどで作図したり 多角形で無限に近似したりと
なんらかの行為がなければ存在することができません
しかも不完全なかたちで

どんなに正確にコンパスで円を描いたとしても
円を描いたりしているうちに線がずれたり ペンの先が磨耗して線が太くなったりしてしまいます
そもそも線とは  幅のないもの なので 目で見ることができないのです
目で見られる円は 幅のある線(の様なもの)で描かれた円です

イデアの世界の完璧な円と 現実世界の円の根本的な違いは何でしょうか
ギリシャ時代からいろいろ言われていますが
わたしは すでに存在している円と 構成しなければ存在しえない円 ということに尽きると思います
前者に時間概念はありません ただただ永遠に存在しているのです
後者は時間の中にしか存在しえません 円を描くという行為 多角形を構成して無限に近づけるという行為
どんな行為であれ行為 行動は時間の中にしか存在しえません 

当たり前といえば 当たり前のことですが

たとえば 円周率πを考えて見ます

πはこの世に存在しません
イデアにすでに完璧に存在するものです

つぎに3.1415...の無限小数を考えて見ます
これはこの世のものです
多角形近似などによって代数的に計算して求めていけます
代数計算(式の計算)は時間の中に存在する 行為です
この計算は永遠に止まることがありません 永遠に続く行為は存在物とはみなされません

数学ではこのイデアの完璧な円周率πと現実世界の中で構成された円周率πを同一物だとみなし

π=3.1415...

とするのです

永遠の存在物と永遠に続く行為をイコールで結ぶのです
感覚的に結びつくはずのないものを結びつけるのです
そして 現実世界の無限につづく行為(代数計算)の極限として
πを捕らえるのです


解析学は他の数学の分野よりも現実世界の要請から生まれたものだと思います
微分法はニュートンが重力法則を記述するために生まれました

微分 極限 無限などの概念は
イデアの存在物と現実世界の行為を結びつけることから発展したのかもしれません

次回は 円の構成の仕方を具体的に見ていきましょう














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Comment

No title
円を多角形で近似するというような操作を考える場合、
 三角形→四角形→五角形→…
というように、一回目、二回目とステップを刻んでいくと思います。しかし、微分等の極限操作では、このような明確な区切りがないように感じます。両者とも極限操作であり、時間的な側面から見れば、同じ操作に感じますが、別の側面(集合というか空間的?)から見れば、異なった操作のように見ることができてしまうように感じます。
 上記のような操作に対しては同等の操作と見なしてよいのでしょうか?
  • 2011/05/09 23:41
  • でんでん
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  • Edit
No title
微分可能な連続曲線はそれは同等とみなしていいと思います。同等とみなすことで理論が芳情になるのだともいえます。
その代数的表れがテイラー展開だと思うのです。それは無限の操作です。私が暗に示唆している問題は定規だけで(直線だけで)円が描けるかという問題です。
微分可能という条件の下で微分ができ、接線が保障されます。
しかし、逆に 接線(直線)だけで微分可能曲線を構成することができるだろうか?ということを考えています。
これは ヴァイオリン曲面を音で整形するときにしていることです。ヤスリは線です。共鳴版は曲面です。
線で無限会微分可能な曲面を近似しています。
円の直線近似はそのもっとも簡単なモデルです。
集合とか空間とかの概念もはじめから存在するかのように数学では扱いますが、 数とはカウンタブルつまり数え上げ生成し続けるという操作によって有らしめられるのです。
非可算無限についても 無限に割り算を行い続けるようなものです。それは時間的な行為の結果の集合をはじめからあるとするのです。
数学ではこれ以上の取り扱いが原理上出来ないのかもしれません。しかしヴァイオリン曲面は音を聞きながら直線的なヤスリで構成することが出来ます。
その修正 行為は無限に続きます 可能ならば

返信ください 説明の練習です






  • 2011/05/10 00:56
  • おにょ
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No title
接線から曲線を作るというのは、微分方程式を解くというのとほとんど同じことだと考えていました。したがって、ヴァイオリンに対しても、それが満たす微分方程式を求めるということになるのではと思っておりました。

では、なぜ微分方程式という形で物理現象が説明できるのか?と考えると、コメントにあるように集合、時間等の概念が前提としてあるからだというのは、なんとなく納得できます。
  • 2011/05/11 00:54
  • でんでん
  • URL
No title
バイオリンの不自然な曲線を曲線に近づけていく行為は、
凸をとっていく行為、すなわち自分自身の個性?不自然さ?(適切な表現が浮かびません)を除いていくことと同じなような気がしました。オリジナルとはまたそこからの話なんでしょうか。
  • 2011/05/12 14:33
  • ousho
  • URL
No title
2011-05-12 :
ousho


面白いです。
身体のフォノグラム(経絡)が整うことと整合します。
ヴァイオリン曲面の凸がなくなれば
身体の硬結が同時にほどけて生きます。
ヴァイオリンの曲面を磨いて音を作ること=自分を磨くこと
これが出来るのも音を聞くことから始まることです。

音を聞いて曲面を創るということに
どのような数理が構成できるのか
これが10年来の課題です

音を出して音を聞く(観測行為) 
それを元に削る(作用)
曲面の形が変形する(対象の変化)
音が変わる(結果)
そして音を出して音を聞く(観測行為)
……
とこの操作が無限に続きます
この極限(操作の停止状態 曲面の対称性 音の対称性)
を探しています

このようなことを従来の物理学と整合させて記述することが出来るか


  • 2011/05/12 16:05
  • おにょ
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