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等音面 と 音図 (5) 展望

 青春の夢に忠実であれ。

       by シラー

fono_20130220181300.jpg



共鳴版における各点のタッピングトーンの違いとは、その点に付随する振動数分布であり、WEB SPECTRAM のグラフが対応します。

ebnncfcf.jpg

koujimmm.jpg



またこれは、数学的には以下のようにかけます。


      f(x)=ΣAnEXP(inθ)    Σ;無限和

X:板の一点   f(x):Xにおけるタッピングトーン

さらに、振幅ANの加算無限個の数列にこれを対応させます。
これを音列集合と呼ぶことにします。

{A1,A2,A3、、、、、、、、、、、、、、}

簡単に言うと、タッピングトーンに含まれる楽音がどういうふうに配合されているかという情報が入っているということです。

この音列集合の要素の中で最大のものが代表に聞こえる音ということになります。
2番目、3番目というふうに、振幅の幅に対応して、どの振動数が多く出ているか
順序付けすることができます。

過去記事において、削って振動数分布を変化させる操作に連続性を保証しておきました。
これは、削っていけば、連続的に振幅が変化し、少しずつ音列集合の順序がわかっていくことを意味しています。
また、音列集合の順序が変化するということは、少しずつ協和関係が変化していくことを意味しています。

つまり、十分連続的に少しずつ形体を削っていけば、共鳴版上の振動数分布も少しずつ連続的に移行し、さらに、協和、不協和関係も連続的に少しずつ移行するということが言えます。

ここで、連続関数が持つ特性を生かした最大値の定理というものに着目してみます。
削って音を変えるという操作によって、
音列集合の各要素が連続的に移行するわけですが、その時、協和度のピークと不協和度のピークというものがあるはずです。

身体は、共和関係から、不協和関係に移行するとき、緊張ととらえます。
実際緊張します。
また、不協和関係から協和関係に移行するとき、弛緩ととらえます。
実際に弛緩します。

身体は、協和関係にある音列の微妙なニュアンスの違いをさらに、弛緩と緊張という二値にまで情報を簡略化してしまいます。

これは、経験的事実ですが、音列集合は、共和と不協和を繰り返しながら、音列を増やしていくようです。

G-F-1 arabori
(音列、自然倍音列がまだあまり出ていないとき、ノミで削るストロークが大きくなる。協和度のピーク、不協和度のピークの振動の幅が広いから起きる現象である。)


音列が増えるというのは自然倍音列が増えていくことに当たるわけですが、
音列がひとつ増えるということは、それまで共和関係にあった音列集合に対して
素な音列が入ってくることを意味しますから、少しずつ不協和成分が増えていき、
その音列の振幅が十分な量に達した時、この音列集合は全く別の協和関係になります。
そして更に、その音列集合に対して互いに素な新しい音列が加わって、
共和度のピークと不協和度のピークを振動しながら音列を増やしていくのです。

G-F-1 kezurikasu keiretu
(自然倍音列が出てくるに従ってピーク振動の幅が狭くなる。これにより、削る幅も徐々に小さくなってくる。最後には、何千番というサンドペーパーで一こすりするだけで協和関係は不協和関係に反転する。この時はもはやどちらがどちらとも言えない。ホワイトノイズ!)

この時、身体は弛緩と緊張を繰り返しながら、徐々にその振動の幅が詰まってくるのを感じます。これは、音列が増えることにより、すぐに協和にも不協和にも移行できるようになるからです。その音列の増加列の極限は無限個の振動数比の集合であり、それに対応するすべての振幅がフラットな状態であると予想されます。
これがホワイトノイズの状態ではないかと考えています。
もしくはホワイトノイズ型の振動数分布状態。

G-F-2_20130220181639.jpg
(ピークの振動が収束すると等音面が姿を現す。これが「音が造る形」の意味です。)


これは、経験事実なのですが、実験で確かめながら明らかにしなければなりません。
しかし、論理的に考えても、協和、不協和という感覚的な量を持ち出すことなく
音列集合における、協和度のピークや不協和度のピークの存在は関数の連続性から導くことができそうですし、それが振動しながら、ある音列集合に収束することは理論的に証明できそうな気がします。

互いに素な振動数比の無限集合は素数の集合と同じです。

素数の概念とホワイトノイズの概念が結びついてしまうように思えます。
そしてこのことは、削って音列を増やしていくという操作の極限として表されます。
とてつもなく興味深い数学的対象であることがわかります。

音を聞いて削るという操作を連續群とみなしたり、各点の振動数分布が解析関数論の関数要素に対応していたり、音を合わせていく操作がちょうど解析接続に符合していたり、
とにかくフォノグラムという現象を捉えようとするとき、驚くような数学的構造が見えてくるのです。

私は、フォノグラムが数学の故郷、そして音楽の故郷ではないかと真剣に考えています。



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