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機械と人間を分かつもの  情報科学としての見方⑤

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機械システムというものは、これまで見てきたように、変換系の集合体ということになります。
変換系があればあるほど、情報の改ざんが行われてしまうことも見てきました。

変換系が少ないほど有機的構造体といっていいでしょう。

生き物の生理機能や内臓の形などは、機械の変換系とは明らかに異なります。

当たり前ですが、、。

なんというか、部品がセパレートされておらず、連続的に緩やかに構成されていくことに気が付きます。


自然な形と自然な変形。
何か機械システムにはない情報変換システムが働いているようです。

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この情報変換システムを、従来の機械システム、たとえばオーディオに応用したしたらどうなるでしょうか?
当然、有機的な形になってい行きます。それはフォノグラムによって構成される形です。

変換システムが少なければ少ないほど、情報の改ざんが少なくなるのは明らかです。
人間の身体の変換系は、情報の改ざんが少ないようなシステムに見えます。

人間のシステムでは 情報の改ざんが多くなればなるほど、病気だといっていいと思います。
 
生命においては、遺伝子という情報伝達があります。

ここにも情報の改ざんがありますでしょうか?
ある意味、情報の改ざんのバリエーションは無限にあります。
一なる神は、地上に無限の多様性を生み出しました。

私は、コーン紙とスピーカーボックスを一体化させたものは、デジタルデータで失われた元データを
リカバリーできる可能性すらあると考えています。


つまり、離散的な部分情報であるデジタル音源を呼び水に使い、フォノグラフィックな技術で作ったスピーカー
で失われたアナログ情報のリカバーするという意味です。
これは、人工的なデジタル補正とはちがい、徹底的に、音楽の和声法に従った、自然な補正になるので
ひょっとしたら、生音源よりも良いものにする可能性すらあるのです。
ここまでくれば、スピーカー制作は、新しい音楽の一分野、芸術の一分野になることでしょう。
つらつらと夢のようなことを書いていますが、フォノグラム技術ならばそれが不可能ではない気がします。

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デジタルデータの復元能力は、生命体では自然にやっていることです。
これを積極的に利用した芸術が、点描画やモネの睡蓮に見ることができます。
音楽ではJAZZがこれにあたるでしょうか?
私には詳しいことはわかりません。

情報の伝達という観点から物事を見ていきますと、自然とは何かという問いかけに
新しい観点を設けることができます。

それは、情報の改ざんが少ないこと、変換システムが少ないことといっていいのかもしれません。

実は、その極限状態で「身体は入眠時のように脱力していて、意識だけはハッキリしている」という状態があります。
この状態が「丹田」に気が集中している状態で「入静自然」などと言われている状態です。

ですから、ほとんどの人は、睡眠時の意識のない状態で、その状態になっており
すでに全ての人が知っている状態なのです。

この状態が、身体における「ひずみ、抵抗」がゼロの状態です。

スライド31



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