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生き物の形は等音図形 ?  情報科学としての見方③

ここで少しまとめておきます。

AD変換などの少ない系の変換システムが少ないほうが情報の改ざんが少ない。
部品同士が、共鳴体として全体として共鳴関係にないときひずみが生じる。

ということです。

これは、フォノグラフィックな楽器がその理想形であること、また、生命体の構造がそのような原理でできているようにおもえることが理解できます。
(フォノグラフィックに作った造形物はなぜか生き物を想起させます。
そうでない楽器は、生き物というよりもフェラーリのような無機的な印象を与えます。)

R0014988_convert_20110514201336.jpg



試しに作ってみる。
私は、機械や電気についてはよくわかりません。
しかし、圧電スピーカーが手元にありますので、試しに、ヴァイオリンから、演奏するための構造をはぎ取って
スピーカーボックスにすることから、開発を開始することにしました。
ネック、弦、駒、を取り省きました。つぎに、胴体部分のくびれもなくしました。これは弓が通りやすくしておくための配慮であり
共鳴体としての本質には何の関係もありません。
また、アッパーバウツとローアーバウツの大きさの違いも、高音部と低音部の違いというだけで、なんなら、別々に作ればいいという理由から、
太鼓型、もしくは楕円型の構造になりました。

sin.jpg

表板と、裏板の振動を伝えるためのブロックはどうしても必要なため、太鼓が小さくならないために四隅の外側に角が出たようなデザインに
自然に決まりました。
F字ホールも、最大波長を確保したいため、中央には持っていけず、このようなデザインになりました。
面白いことに、フォノグラムと物理的な制約条件だけでデザインはほぼ自動的に決定されてしまいます。

sinxx.jpg


sinxx2.jpg

このとき、そのデザインは生き物のようになります。

このスピーカーは、とてつもなく原始的なシステムです。
まず、スピーカーボックスとコーン紙が一体となっています。
共鳴体としての統一性もフォノグラムの図形を整えることによって解消できます。


フォノグラフィックな設計原理というのは生命体の設計原理といっていいので、それで出来上がるデザインは
自然と生き物のようになってしまうのです。
このことを直感的に理解して、建築物に適応したのがスペインの建築家ガウディーでした。


彼の建築のモチーフは地中海の動植物だったようです。
ガウディーの建造物は、フォノグラムではないですが、限りなく近い発想であると思います。

sinxx2aasaz.jpg
(まるで生き物のようなガウディー建築)

逆に、ガウディー建築の本質を抽出したとしたら、それは、フォノグラフィック(等音図)な形態といえるかもしれません。
(サグラダファミリアは大きな楽器に見立てているという話も聞いたことがあります。)

sinxx2aas.jpg


設計原理としては、系の変換システムを極力少なくし、共鳴体として統一体にしていくというだけの話です。
動植物と同じくらいの種類のデザインの可能性があると思います。

sinxx2a.jpg

よくよく考えれば、ヴァイオリンの場合、擦弦の振動がブリッジを伝わり本体に届くわけですから、このブリッジの入力システムの代わりに
電気再生システムであっても、共鳴体として協和関係にさえあれば何の問題もないわけです。


現在のスピーカーシステムのほとんどは、忠実再生どころか、人工的なデジタル補正を加えてしまっているようです。
それがいいのか悪いのか私にはわかりませんが、少なくとも忠実再生ではなく、人工的に情報が改ざんされてしまっているのは確かです。
どんなに美しいコンピューターグラフィックスでも、自然の風景そのものにはかないません。
やはり、人間の生理感覚には不自然に映りますし、違和感を感じると思います。
この不自然に対する違和感の喪失を、私は病気と呼んでいます。
もちろん、現代医学の病気の定義とは違います。

もう少しつづく


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Comment

度々コメント、なんかすいません。
スピーカーの形、きれいです。もう感動しっぱなしです。

不自然をあえて良いと評価することは現代アートには特によくあると思っているんですが、それは、
逆に(?)自然 なのか、やっぱり 不自然やけど何か万人に共通し得る何かがある のか、 不自然やからそういう評価は人それぞれで今までその人が生きてきた記憶によるもの なのか、・・・って、どう思いますか・・・?
  • 2013/02/07 08:23
  • ぽにょ
  • URL
コメント ありがとうございます。
現代アートは生命感覚(感受性)というよりも観念的(知性)な感じがします。
観念的な芸術は”軽い”感じがします。
幼児の書いた落書きのほうが、私にはすざまじさを感じます。
私は、知性の発達そのものを一種の病気ではないかと考えています。
知性とは存在(生命力そのもの)からの偏差にすぎないということですが、、。

樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、それは果実だと誰もが答えるだろう。しかし、実際には種なのだ     ニーチェ

答えになっていますでしょうか?
すいません。
  • 2013/02/07 10:20
  • 磐座(イワクラ)のおにょ
  • URL
その、ニーチェの言葉、すごいですね。果実が知性で種が生命のほう、ってことですよね?
生きることをもとにしてそれを微分みたいにしてるのが科学やから、種ありきの果実だよ、って、ことだと、思い込みました。今。
どうでしょうか。

その前の説明があってニーチェの言葉が生きる感じがするからどんな状況でニーチェがそれを言ったのか気になりますわはははは。


ふんわりと、的確に、答えていただいてると思います。



いいなぁ。わたしにも、フォノグラムがとれるようになる可能性ってありますか?
小学校の時から4次元まではわかるとして、5次元目からがよくわからん、と思って、ずっと考えた末に最近5,6次元を思いついてうれしかったんですけど、もっと別の可能性がある気がしてきました。
  • 2013/02/07 22:11
  • ぽにょ
  • URL
誰でもできますよ~
というか無意識には既に誰もがしています。
次元という概念も観念ですね!
別の可能性、いいと思います。

ちなみに、ニーチェの思想は東洋哲学の影響が濃いようです。しかし、哲学というものの先には行けなかったんじゃないかと
感じています。
  • 2013/02/07 22:26
  • 磐座(イワクラ)のおにょ
  • URL
コメントお返事ありがとうございます!

ddddddddddddddddddddっどうやって・・・・・・・・・・・・・・・・・・。鍛錬ですね・・・・・・・?うちも確信したいです・・・・・・・・・・・・・。



次元、観念ですね!座標なんか人がいなければいらないですもんね。

ついでに、時間について思うこと勝手に書かせていただくと、うちもっと時間のほうが物質のほうに歩み寄ってくれるべきやと思うんです。
時間なんて、座標を移動するモノがなければ存在しーひん概念やのに今の世界は数学の中まで時間に支配されてる。
速さの単位だって、5秒/メートル とかにするべきですきっと。
老化のスピードとかも多分人によって違って、3年/老化 の人と5年/老化 の人が、いて、きっと、うちは人より体内時計が遅いから見た目より若く見えるって言ってもらえるし、だから、時間に支配されてる世界での遅刻も許してほしい・・・。


と、よく思ってるので、まだ時空的と無限の、記事にしっくりきていないので、また熟読熟考してみます。

いや、それより、フォノグラムとれるように、なりたいです・・・・・・・・・・・・。身の程知らんふりですすいません・・・・・・・。
  • 2013/02/07 22:53
  • ぽにょ
  • URL
時間=意識現象です。

音は時間、形は空間、楽器の研究は時空の研究なのです。
そしてここに、物理学では扱えない意識との絡みが出てきます。
アインシュタインとは違う時空の研究ですが、ヴァイオリンが好きだった彼がフォノグラムを見たらどうおもったでしょうか?

面白いですね!
  • 2013/02/08 00:49
  • 磐座(イワクラ)のおにょ
  • URL
時空、わかりました!!

アインシュタインにフォノグラムが見えたら、おにょさんと同じことしてるんじゃないかなぁと思います。

アインシュタインはヴァイオリン好きやったんですね。ヴァイオリンの音と人の声ってすごい似てますよね。というか夏川りみの声がヴァイオリンに似てるのかな。聞き間違えたことがあるんです。

5,6次元はアインシュタインの話から思いついた時間軸からの別の時間軸の可能性の次元かも、と思ってたんですけど、ちょっと、いったん、3次元まで戻ってみます。

いや、1次元から、か・・・。意識が絡んでくる感覚がまだつかみきれないのでふんわりした想像ですが、楽しい!!!

もう、わくわくします。ほんとに、ありがとうございます!
  • 2013/02/08 22:09
  • ぽにょ
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