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あくまでも「純粋な自力」にこだわる。

  • Day:2012.12.04 23:54
  • Cat:雑感
でで

私の後輩で、
「何故、ギリシア人は(幾何学の)作図をする時に、コンパスと定規以外は許さなかったのか?」
と真剣に考えていた奴がいました。

演繹科学としての「数学」は、ギリシアのタレース(紀元前624年頃~前546年頃)が始まりだとされています

*数学的な議論をするには、「既に知られ認められている知識から出発して、筋道の通った論理を積み重ね、最後の結論を導く」という演繹的手法を身につけていることが大切になります。*

数学という学問は、唯一、独力で進んでいける学問です。

また、数学という学問の最大の魅力は、紙と鉛筆と我と我が身以外は必要としないことです。
あくまでも純粋な自力のみで進んでいけるところが、私には大変魅力的なのです。

純粋な自力、純粋な人間力だけで進んでいくわけです。

楽器を作るときも同じかもしれません。
機械など使わずに、刃物だけを使い音を自分の耳で聴きながら掘り進めていきます。
やっていることは至極原始的なのですが、とてつもなく高度な人間業です。
場合によっては、道具すらも自前で作ります。

あくまでも純粋な自力にこだわるところは、数学と同じです。

私のやり方は、現代社会から見れば、至極要領の悪い、まどろっこしいやり方に思えるかもしれません。

しかし、自然の背後にある基礎原理(普遍的真理)を探し当てるには、これ以外にはありません。
そして人間というものは、実はそのことを”本能的”に知っているのです。




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