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⑮ まとめ ~非対称性とカウンターバランス

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15回にわたり、楽器の非対称性とカウンターバランスについて考察してきました。
説明の過程で、「内部緊張」という概念を導入しましたが、これはなかなか良い言葉だと思いました。

このブログは、「フォノグラム」;音の図形についてのものですが、言葉だけの説明ではなかなか通じる気がしません。
実を言いますと、私自身、フォノグラムが自由に描き取れる、聞き取れる?ようになるまで十年以上かかっています。

この「内部緊張」という言葉がなぜ良いかといいますと、フォノグラムを持ち出さなくても、ある程度の事情説明が可能になるからです。
このシリーズにおいて、フォノグラムを一切仮定しなくても、筋の通った説明が可能になると思います。

また、フォノグラムの渦(ブラックホール)があるということは、それと対になる
逆渦(白点と呼んでいる:ホワイトホール)があるということです。
この対称性の破れが「内部緊張」を表しているということです。

楽器は、「内部緊張」がある状態では鳴ってくれないということが、このシリーズで考察してきたことの結論でした。
このことはそのまま、人間の身体に当てはまります。

身体の「内部緊張」は「意識」という現象の正体と言っても過言ではありません。
なぜなら、「内部緊張ゼロ」の状態では、「意識」という現象の外に出ることができるからです。(この表現も誤解を生む表現です。外という概念も意識の現象があって初めて存在します。)

ここで、はっきりと申し上げておきますが、だからといって何か特別なことが起こるわけではありません。それに、得意がるようなことでもありません。
ただそういう状態があるというだけです。



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この状態を、古来よりいろいろに説明されてきました。

「定」に入る

「樽の底」が落ちる

邂逅体験

などなどです。(ちなみに、私の初めての入定は27歳の時だったと思います。)

その状態を、日常言語で説明しようとすると、どれもうまくいきませんし、かえって誤解を与えてしまうものになってしまいます。

禅の考案などが、論理的には全くつじつまが合わないような議論をしているのは、
そうすることによって、弟子がどの程度まで深く潜っているのか探るためです。
変な言い方かもしれませんが、
日常言語で理解できるとしたらそれは大した境涯ではないということなのです。

「意識現象」「自我という幻」が単に身体の「内部緊張」に過ぎないとしたら
われわれの実在とはなんなのでしょうか?

また、この「内部緊張」は何よって引き起こされているのでしょうか?

そろそろこういったことにも触れていかなくてはなりません。
身体、意識、内部緊張、フォノグラムをキーワードに少しずつ話を進めていきましょう。

人間という生き物は、未だ神秘に包まれたままの
大いなる謎であることがわかるでしょう。




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