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思い出アルバム ~魔法の記憶~ (8)

我々は、お互いに”独創的”であることを要求し続けました。

我々の間には、「人真似を最も恥ずかしいこと」とする不文律が存在していました。

既にある学問上の諸結果なども できうる限り

ゼロから導き出すようしていました。

一見回りくどいようにも思われますが実は違うのです。

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「人間のやりそうなこと」

それがわかるようになるのです。

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始めの人はどうやってやったのか?

「初めて二足歩行した猿は、どうやってやったんだろう?」

「初めてヴァイオリンを作った人はどうやってやったんだろう?」

「この数学の証明を一番初めに考えた人はどんな発想でやったんだろう?」

「この曲は、どうしてこういう音の運びになっているのだろう?」

全ては、人間のやりそうなことなのです。

f46.jpg

独創:オリジナリティーとはなんでしょうか?

それはユニークとは違います。

真のオリジナリティーはオリジン:起源、根源に通ずるもののはずです。

独創的であることに特別な何かは必要ありません。

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先入観のない真っ白な目、赤子の目 でこの世界を見続けること、

自然のまま、ありのままで在り続けること



たったそれだけのことなのです。



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Comment

奇遇で豊かな出会いをされたのですね。

僕にはそんな出会いはありませんでした。


僕には尊敬する師もいましたが、

海外に出て耳だけ鍛えられて戻ってきたら少し見えてしまったというか・・・


僕は人にすがりたくてしょうがなく、

しかし人に媚を売るのが嫌いで・・・


結局自分で進むしかないことがこの年になってわかりました。

それは、すがるよりもたやすく、

先が見えないほど不安で、

恐ろしく緩やかなようであり、

すさまじく変化している。


きっと大切な出会いだったのでしょう、

生き方を変えてしまうほど。

おにょさんとの出会いで友人も夢を託すことができたと、

心底喜んでいると思います。
  • 2013/08/23 22:07
  • Nobu
  • URL
コメントありがとうございます
亡くなってから一年半くらいが経ちます。
こうして故福永氏に注目していただけるのは
大変な供養になると思います。
もう少し生きていてくれたら、フォノグラムの実証
である等音面の理論を見せてあげられたと思います。
亡くなって一年もたたないうちに研究が大進歩したのは
皮肉なことです。

人間というもの過去にも先にも一人として同じでない
というのは実は驚異的なことだと思います。
そして、そう感じるとき、ちょっとした安心を得ることができます。
  • 2013/08/24 16:43
  • 磐座のおにょ
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まとめtyaiました【思い出アルバム ~魔法の記憶~ (8)】
我々は、お互いに”独創的”であることを要求し続けました。我々の間には、「人真似を最も恥ずかしいこと」とする不文律が存在していました。既にある学問上の諸結果なども できうる限りゼロから導き出すようしていました。一見回りくどいようにも思われますが実は違うの...
  • 2012/06/09 03:51
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