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背景音

共鳴版を「音」を聞きながら、削っていくと、あることに気がつきます。
それは、ある音で全面にわたって揃えていくと、その音については背景音になり、
新しい音が目立つようになるということです。
こうなるには、すべて一様に音を合わせていかなければなりません。
共鳴版のある一部分の寄与ではなく、全体性の寄与によってこのようなことが起こります。

音が揃ってないが故に、違いがわかる、違いが聞き取れるので、それは意識が「図」として認知しますが、
すべて同じ音に揃った時点で「地」になってしまうのです。

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これは、心理学の問題です。
そうして、次の音が聞こえてくるということになるわけです。
次の音は揃っていないから、聞こえてくるといってもいいのです。
これが無限に続くと同時に、互いに素な振動数の層が重ねられていくというようなことになります。

*そのとき、「図」と「地」が識別不能なほどに細密な構造になり、もはや音を聞き取る限界が来ます。
この心理的限界をホワイトノイズと定義したいと考えています。
これは物理的なホワイトノイズの定義と同じになるはずです。*

フォノグラムは、物理学と心理学の間にあります。
どちらも別々の学問として扱っているうちは、永久に解決できない問題を含んでいます。
そもそも、学問という名のもとに、自然を細切れの事実にしたのは人間の側にあるのですから、
そんなものはとっぱらってしまえばいいのですが、それでは現代の文明人は許してくれないでしょう。
フォノグラムは、前意識的な能力、原始的な能力なので、なかなか言葉にすることができないのですが、
無理やりしようとすると、こんなに難しくなってしまいます。

背景音というのは、聞こえているはずなのに、意識の全面には聞こえてこない音です。
すべての音を背景音にすることが、共鳴版の音を揃えていくことだと言ってもいいのかもしれません。

過去記事において、身体について同じような説明をしました。
皮膚膜の音を合わせていくことがなぜ治療になるのかということと、
意識、無意識の心理的側面に触れた記事でした。
比較のために以下に掲載しておきます。

aaiudhiu.jpg

だれでも 年齢を重ねますと
体のあちこちが 痛み出します

このとき 意識に登っている痛みを取り除くと
今まで気付かなかった 別のところが痛み出すことがあります

意識は 今ある代表の痛みしか 感知しないというわけです
その他の痛みは 無意識下に置かれ 普段は意識に登ることはありません
本当は ものすごく痛いにもかかわらず

人体は 痛みを蓄積する代わりに
感覚を麻痺させることを選ぶようです


痛みを感じなくするわけです

表面にある痛みを消せば 一つ感度が戻ります
一つ感度が戻れば 隠れていた痛みが意識に登ります

こうして 一つずつ 痛みを消していけば
いずれは麻痺していた感覚を取り戻すことが出来ます

麻痺している間は 感覚自体がないので
本人はいたって普通だと思っていますが

蓄積された痛みは無意識下にためられ
あげく 無感動になっていくのです
そしてその変化は非常に緩慢なため
たいていは気付くことができません

毎日起こる緩慢な感覚的自殺

これが老化(大人になる)の正体です



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共鳴版を「音」を聞きながら、削っていくと、あることに気がつきます。それは、ある音で全面にわたって揃えていくと、その音については背景音になり、新しい音が目立つようになるということです。こうなるには、すべて一様に音を合わせていかなければなりません。共鳴版の...
  • 2012/05/09 07:31
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