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あるがままに

  • Day:2012.04.04 19:03
  • Cat:雑感
医というものに真剣に向き合いますと、いつも悩まされます。

それは、

「治すとはどういうことをいうのか? 」

ということです。

たいていの病気は、本人が好きでなっています。
また、病気がアイデンティティーになっています。
ですから、病気を治すということは、
相手のアイデンティティーを否定することと同じことになってしまいます。
病気を治すという発想そのものが至極 傲慢な考えであるわけです。

また、病気に表れる症状、それに付けた病名は「果」であり「因」ではありません。
いくら症状を消した所ですぐに再発するでしょう。

ここで「因」とは、今までの生活習慣であったり、自己の不自然な考え方であったり、
また自分では気付かずに撒いてしっまた不調和の種(カルマ)であったり、いろいろです。


『熟すまで刈り取ってはいけない』


病気というのはその人の子供のようなものです。
病気であることから学ぶこと、そうであるがゆえに出来る人の「縁」からの学びや気づき、
ようは、こういったことの中から、「因」を解消していくのが本当の治癒につながります。
ですから、

死にかけさえすれば、治るものなのです

これに余計な手を出すことが治療なのかもしれません。

しかし、人が悲しそうな顔や苦しそうな顔をしていると、
ついつい何とかしてあげたくなるのが心情です。
余計なお世話をしたくなります。

救っても地獄落ち、放っておいても地獄落ち

という状況にいつも悩みます。

また、自分がそう思ったところで出来ることは限られているし、結局のところ
何かが出来るわけでもなく、一緒にオロオロするぐらいかもしれません。
そして、その人が抱えている問題を解決することが
その人にとって本当に善い事になるとも限りません。

その人の苦悩や苦労は、その人の大事な宝物でもあるわけです。

これを奪ってはいけません。

よい事も悪いことも受け取って「あるがまま」を認めること

これが最も早く解決に至る道なのだと思います。

なにも出来ないなら出来ないなりに「思いやり」だけはいつも持っていたいものです。

*かくゆう私も大変です。(笑)*


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Comment

深いお話ですね。

余計なお世話をすぐしたくなります。

これはほんとに自分のことしか考えていない証拠ですね。

反省です。

思いやりって相手に寄り添うことで、確かに「あるがま

ま」を認めてあげることなんですね。

考えさせられました。
  • 2012/04/04 13:43
  • メロンボール
  • URL
お久しぶりです。メロンさん。
「悪法も法なり」と言って無実の罪で
毒を飲んで死んだソクラテスは
とても思いやりのある人だと思いました。

生きることって
結局は自分の良心との戦いです。
負けたくないなあ~
  • 2012/04/04 15:04
  • 磐座(イワクラ)のおにょ
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