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何をしようとしているのか?  

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わたしは、フォノグラムという現象の研究をしてきましたが、決して、楽器製作者になりたいつもりで楽器を造っているわけでもなく、治療家になりたいつもりで、技術を学んだのでもありません。
フォノグラムという現象の 「基本原理の抽出」 という目的のためだけに、それらをものにする必要があっただけです。

簡単に言ってしまえば、「気や経絡の存在証明」を科学的に行いたいという夢を追ったのでした。

そして、私のほとんどの研究時間は、フォノグラムという現象の数学言語への翻訳作業に当てられています。
単なる数学的シュミレーションではなく、事実を真に反映するような体系にしなければ意味がありませんので、
数学体系にする以上に、フォノグラムという現象に対する深い哲学的洞察が要求されます。
しかも、ほとんど手を貸してくれる人はいません。

なぜこんなことにこだわるのか?

フォノグラムの研究を始めたのは20代前半でした。
当時の私は、大学の研究室で人工知能の研究をしていました。
工学的興味からではなく、人間の意識という現象に興味があったからです。
人工知能の研究をしていれば、人間の意識というものに対する知見を開くことが出来るかもしれないと思っていたのです。
そして、チューリングマシンの問題に行き着き、ゲーデル不完全性定理などの理解に夢中になっていました。
数学を真剣に勉強しだしたのもこの頃からでした。
幸運なことに、わたしにはよい教師が近くにいました。
毎日、毎日、数学を追うことで、理性の限界を理解し、その先へはどうしたら行けるのか暗中模索していました。

そんな折、私はこのフォノグラムに出会いました。
それは、まるで理性で捉えることが不可能ではないかと思わすものでした。

だからこそやろうと思ったのです。


「不可能だからこそ信じるに値する」   ゲーテ


若かったわたしは。何でもいいから できそうにないことにチャレンジしてみたかったのです。
本気で人生をぶつけるような生き方をしなければ、当時の私は、急速に老化していったのではないかと思います。
明日はどうなるかわからない状況の中、今日まで研究を進めてこれたこと事態が本当に奇跡だと思います。
生きているという実感を味わうには、こういう生き方以外はないと思っていました。
そして実際その通りだったと思います。

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わたしは、研究のために大学を去りました。
少なくともわたしにとって大学というところは意味のあるところではありませんでした。
たぶんどこでも同じだと思います。

20代のあの頃と比べると、やはり今の自分は同じではありません。
研究が進むと同時に、それによって自分が育てられたのだと思います。

今は自分がチャレンジしたいという気持ちよりも、人の役に立ちたい、役に立つような研究でなければ意味がない
と心から思うようになりました。
あれだけ大人になることに抵抗感を示していた自分も、
自然と大人になってきているのだと思います。

このような心境になれたことに正直自分でも驚いています。

フォノグラムの研究も人の手に渡らなければ何の意味もありません。
人の手に渡すには、「万人の科学」にする必要があるのです。

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まとめteみた【フォノグラム(音の図形)】
わたしは、フォノグラムという現象の研究をしてきましたが、決して、楽器製作者になりたいつもりで楽器を造っているわけでもなく、治療家になりたいつもりで、技術を学んだのでもありません。フォノグラムという現象の 「基本原理の抽出」 という目的のためだけに、それ...
  • 2012/03/23 18:17
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