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平田内蔵吉と熱鍼快療術 (3)

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(レンブラント「病を治すキリスト」)

「平田式心療法」 平田内蔵吉著 闘病の心理より抜粋

世には高価な薬を毎日飲んで、無病息災を願う人が多いが、いかなる高価な薬よりも、もっと貴重な薬が我々の体内に存在するのみならず、我々の姿勢、精神の持ち方によっては、その薬をいくらでも造ることができるということを知らない人が多いのは残念である。(中略)

われわれは病床にあって、この秘薬を造り出す努力を忘れてはならない。われわれの身体に備わる内分泌薬
は、乱用すれば性欲となって排泄され、食欲となって乱れてくるのだが、われわれが姿勢を正し、呼吸を正し、精神を奮い立たせる時には、わが臍下丹田に漸次蓄えられて、無限の精力、元気の基となるものである。われわれの恋情は、スピノザのいわゆる「知的愛」に変化し、われわれの食欲は「義烈の心」に醸化されていく。われわれの身体の内には、粗食を美食となし、真理と真実を愛することのできる力があるのである。(中略)

幸いなるかな、やめる人々よ。君らはその病床においてこそ、真に人生の意味と、人間の力を感得しうるのである。医者も第二、薬も第二、第一にわれわれを救うものはわれわれの内なる力だけ。医者も療術家もわれわれの内なる力を誘導しない限りは詐欺師となる。(中略)

病は人をして、その権勢、富貴の欲望を捨てさせ、清澄の真、善、美を求めさせるための天の配剤である。人が一度その我欲を捨てて、その病床において内観する時には、心気は自ずからにしてその丹田に
注ぎ、意気は自ずから安く、精力は自ずから満ちてくるのである。我欲を捨てないで病気の回復のみに我執する時は、必ず病気は進行するのである


平田氏の文章は読んでいるだけで「気力」がみなぎってきます
病気というものは 自分で勝手になるものですから 自分で治せるのです

本当の治療というものは「自身に正面から向き合わせる」以外にはないということです

人は 病めば病むほどに周囲に耳を貸さなくなるものです
「きかんぼう」を説得するために「灸を据える」わけです

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(実際の治療風景)

私も たくさんの方を見てまいりましたが 治療を施すと 皆さん勝手に心の中にある苦しみを
しゃべりだします いつも私は「ふんふん」とうなずいているだけです
「トントン」叩いて 「ふんふん」うなずいているだけで 後は勝手に治っていきます

重要なことは 
治しているのではなく 指導をして誘導するだけであり 患者自身が自分で治るということです』

面白いことに 病気を治せば治すほど 自分自身も健康になって行きます
自分の悪い心の癖 体の癖が同時に取れていくのです
(ここに人が幸せになるためのヒントがあるようです 他人にしたことが自分に帰ってくる典型的な例です)

健康になればなるほど フォノグラムを書き取る能力も精密になっていきます

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(”フォノグラム”「音図」が経絡の正体? )


「悟り」とは ただ単に「超健康」になることだと 私は思います
それがなかなか難しいのですが・・・・・・

つづく


 
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