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人間賛歌

  • Day:2012.02.01 00:31
  • Cat:雑感
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(落ち葉拾い :ミレー)

なぜ論理的でなければならないのか?

率直に申し上げますと フォノグラムによる楽器製作法は
いわゆる「気」を利用した製作技術です。

「気」とはなんでしょうか?

現代の科学では 観測にかからなければ
存在しないものと扱われてしまいます。(実証主義)

このような科学の態度に批判的な方もおられるでしょうが
私はそれで良いと思っています

もちろん 私のような研究をしているものには不利に働くでしょう
でもそれで良いのです



「理論があって 初めて何を観測するかが決定される」(アインシュタイン)



形式的公理系というものをご存知でしょうか?

数学をやっている方以外では あまり耳慣れない言葉であると思われます

「気」それ自体を直接 定義する(これこれはこういうものだとする)のではなく
「気」についての真と見なされる陳述をまず列挙し
その陳述の間に「矛盾」があるかないか
をまず問題にします
「気」それ自体は 「無定義語」とするわけです

:*フォノグラムとは「無定義語」そのものです*

すると 現実的に存在するかどうか という問題は別にして
少なくとも 論理的には矛盾がない ということが言えます

つまり 直接観測にはかからなくても
理論的に証拠立てる道は残されているのです

そして 理論が膨らんでいけば 間接的に
理論の一部が実証されるかもしれません

そうしたことの積み重ねが 理論を育て
実験方法や観測装置を発展進化させるのだと思います

これは 現在の物理学者のとる研究スタイルだと思われます

(もちろん この方法が全てといっているわけではありませんし
実際のところ 私自身が「気感」を駆使して物事を見ています。)

「出来ないのなら 出来ないと証明して見せろ!」

「想いだけではダメだ! 想いと想いの間に 橋を架ける努力をしろ!」

今はなき 恩師のこの言葉が 未だに胸に響きます

私にとって 科学や芸術は 人間の地上的な努力の結晶であり
人間賛歌であると思っています

大切なのは「仕事」(地上的努力)をすることです

芸術や科学も「労働」に違いはないのです

「想い」は何よりも大事です

しかし 「想い」を形にする力は 泥臭い日々の「労働」だけなのです



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