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思い出アルバム ~魔法の記憶~ (7)

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何か問題に行き詰って、どうすればいいか彼に尋ねると、

いつも決まってこう言っていました。


「明日死ぬと思ったら何でも出来るよ。

 行き詰って、どん詰りになってからだよ。

 だからどん詰りなさい。

 あとは無意識が導いてくれるから。」
   
優しく、静かなほほえみを浮かべながら、、、。


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問題がなんであれ、究極的には

「自分の命に聞いてみるしかない」ということを彼は知っていました。

意識的に切り抜けられる問題などというものは、

人間そのものの変更を強いてきません。

我々は、あえて不利な状況に身を置くことで、

人間の中に眠る潜在能力を引き出していました。

フォノグラム能力もそのひとつです。

我々の能力の源は、「野生」なのです。

大自然に住まう者には、「死」を恐れるという感覚がありません。

文明が、「死」をタブーにしてしまったのです。

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洗練されたものは、行き過ぎれば

生き生きとした「生命力」を失ってしまうのです。

我々は「死」を見つめることにより、

「大自然の凄まじさ」の中に帰ろうとしていました。。




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思い出アルバム ~魔法の記憶~ (8)

我々は、お互いに”独創的”であることを要求し続けました。

我々の間には、「人真似を最も恥ずかしいこと」とする不文律が存在していました。

既にある学問上の諸結果なども できうる限り

ゼロから導き出すようしていました。

一見回りくどいようにも思われますが実は違うのです。

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「人間のやりそうなこと」

それがわかるようになるのです。

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始めの人はどうやってやったのか?

「初めて二足歩行した猿は、どうやってやったんだろう?」

「初めてヴァイオリンを作った人はどうやってやったんだろう?」

「この数学の証明を一番初めに考えた人はどんな発想でやったんだろう?」

「この曲は、どうしてこういう音の運びになっているのだろう?」

全ては、人間のやりそうなことなのです。

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独創:オリジナリティーとはなんでしょうか?

それはユニークとは違います。

真のオリジナリティーはオリジン:起源、根源に通ずるもののはずです。

独創的であることに特別な何かは必要ありません。

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先入観のない真っ白な目、赤子の目 でこの世界を見続けること、

自然のまま、ありのままで在り続けること



たったそれだけのことなのです。



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思い出アルバム ~時空を超えて~ (1)

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我々は、何食わぬ顔で社会生活を演じながら、

常識では考えることができないであろう世界に身を置いていました。

彼との回想録を記すに当たり、そういったことに触れないわけにはいきません。

我々は時空(自我意識の拘束)の外に飛び出していったのです。

そして無意識の海の中に

深く深く潜っていきました。


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フォノグラムを利用した楽器作りの本質は、

その共鳴状態を最大にし、全体性を獲得することにあります。

我々は、その結果を、身体に適用し始めたのです。

共鳴状態が変化していくと同時に、身体のフォノグラムのパターンも無数に現れました

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初めは、単なる肉体のケアのつもりでやっていました。

その内、さらに図形パターンを進めることが出来ることがわかりました。

肉体が、真の共鳴状態、全体性を取り戻していく過程で

はっきりとわかる変化が現れます。

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糸のように細く長い呼吸。

美しい姿勢。

物音ひとつ立てない所作。

何よりも、心には、今まで感じたことのない静寂と安らぎが訪れました。

その先は、言葉での説明が不可能になります。

そして、その状態のフォノグラムを今度は逆に

楽器の共鳴版で実現しようとしたのです。

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私は、肉体的にも精神的にも若く、ほとんど無傷なため、

回復力も早く、長期にわたっていい状態を保つことができました。

彼の場合は、今までに蓄積された身体的、精神的ダメージが深く

すぐに状態を崩してしいました。

24時間、自分の体を見張っている必要があったのです。

ほっておけば、彼はすぐに”欝病”の餌食になってしまうのでした。

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今思えば、彼の身体的寿命は、出会った時に既に尽きていたのではないかと思うのです。

フォノグラムの能力は、神様からの彼への贈り物だったのかもしれません。

「命」を”消耗品”ではなく、”技”とすることができたのです。

単に、生き続けることはそんなに難しいことではないでしょう。

しかし、”創造性”や”感受性”を保持したままの状態で生き続けるというのは

自分に与えられた「生命力」以上の「生命力」を作り出さねばなりません。

我々は、命の根源にアクセスする一つの方法を見出すことに成功したのです。



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