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平田内蔵吉と熱鍼快療術 (2)

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平田内蔵吉はその著書「平田式心療法」において次のように述べています

この療法は私たちの発明でもなければ、発見でもない。数千年来行われた鍼灸の秘儀を、現代科学の立場から改良し、かつその原理を科学的に闡明し、さらに他の治療との関係をできるだけ調和的にしただけである。(中略)
この秘法を医師法や、鍼灸師取締規制に絶対に触れないで、だれでも行いえるよう開放した点にあるのみである。


大正時代でも 現代と事情は変わらなかったようです
高額な医療費 根本解決にならない治療 法的な規制で何もさせてくれない現状
彼が 本当にすごいところはこういった現状の中
術を市民に開放した点に尽きると思います

彼ほどの 技と見識があれば 治療して”ただお金を稼ぐ”ことは容易いことであったと思われます
そうせずに 医者から市民を開放するための戦いを選んだのです  (少なくとも私にはそう写ります)
彼は 実際 何千 何万という患者を治しながら 治療費などというものは一切受け取らなかった
ということです
(やはり 当時の医学会からは弾圧されたようです)


病というのは 根本的には”依存心”が原因です

いい療法がある いい薬がある いい医者がいる

結局は どんなによいものでも依存させてしまいます
またそこに 商売の入り込む余地があるわけですが
依存心が病気の元だとわかっていれば 患者に依存させることなどできないはずですから
当然 良識のある医者なり治療家は(そういう意味で)儲けることはできないはずです



極力 他人に頼らない方法で 安価で 法にも触れず 誰でもできるようにするという主眼で
開発された「平田式心療法」は 彼の”真の者”としての人柄が滲み出ていると思います

「医は術なり」       *仁 :他人に対する親愛の情、優しさ


何を隠そう フォノグラムを描くことを可能にしている能力の秘密が 
この「」にあるのです

コンピュータがどんなに進歩した所でこの能力を持ち得る事はできません
科学がどんなに進歩しようとも不可能です

「仁愛」をもちえる人間だからこそできることなのです




以下抜粋

これに対して謙虚にして聡明な医学者は、近世医学があまりに人間の身体を部分的に観察し、
これを統一体として取り扱わなかったためであることに気が付いたようである。

(中略)

これは 単なる科学的知識の応用ではなく、微妙な精神作用の働き、同情同感の相対関係、心身統一の
相互保存などの現われと見るべきものである。
(中略)

自分の身をつまんで人の痛さを察し、はい然として起こる同情の念慮から同膀兄弟を治してやりたい
という菩提心を発揮するに至れば、これは人の真心の美しい発露である。


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つづく

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平田内蔵吉と熱鍼快療術 (3)

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(レンブラント「病を治すキリスト」)

「平田式心療法」 平田内蔵吉著 闘病の心理より抜粋

世には高価な薬を毎日飲んで、無病息災を願う人が多いが、いかなる高価な薬よりも、もっと貴重な薬が我々の体内に存在するのみならず、我々の姿勢、精神の持ち方によっては、その薬をいくらでも造ることができるということを知らない人が多いのは残念である。(中略)

われわれは病床にあって、この秘薬を造り出す努力を忘れてはならない。われわれの身体に備わる内分泌薬
は、乱用すれば性欲となって排泄され、食欲となって乱れてくるのだが、われわれが姿勢を正し、呼吸を正し、精神を奮い立たせる時には、わが臍下丹田に漸次蓄えられて、無限の精力、元気の基となるものである。われわれの恋情は、スピノザのいわゆる「知的愛」に変化し、われわれの食欲は「義烈の心」に醸化されていく。われわれの身体の内には、粗食を美食となし、真理と真実を愛することのできる力があるのである。(中略)

幸いなるかな、やめる人々よ。君らはその病床においてこそ、真に人生の意味と、人間の力を感得しうるのである。医者も第二、薬も第二、第一にわれわれを救うものはわれわれの内なる力だけ。医者も療術家もわれわれの内なる力を誘導しない限りは詐欺師となる。(中略)

病は人をして、その権勢、富貴の欲望を捨てさせ、清澄の真、善、美を求めさせるための天の配剤である。人が一度その我欲を捨てて、その病床において内観する時には、心気は自ずからにしてその丹田に
注ぎ、意気は自ずから安く、精力は自ずから満ちてくるのである。我欲を捨てないで病気の回復のみに我執する時は、必ず病気は進行するのである


平田氏の文章は読んでいるだけで「気力」がみなぎってきます
病気というものは 自分で勝手になるものですから 自分で治せるのです

本当の治療というものは「自身に正面から向き合わせる」以外にはないということです

人は 病めば病むほどに周囲に耳を貸さなくなるものです
「きかんぼう」を説得するために「灸を据える」わけです

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(実際の治療風景)

私も たくさんの方を見てまいりましたが 治療を施すと 皆さん勝手に心の中にある苦しみを
しゃべりだします いつも私は「ふんふん」とうなずいているだけです
「トントン」叩いて 「ふんふん」うなずいているだけで 後は勝手に治っていきます

重要なことは 
治しているのではなく 指導をして誘導するだけであり 患者自身が自分で治るということです』

面白いことに 病気を治せば治すほど 自分自身も健康になって行きます
自分の悪い心の癖 体の癖が同時に取れていくのです
(ここに人が幸せになるためのヒントがあるようです 他人にしたことが自分に帰ってくる典型的な例です)

健康になればなるほど フォノグラムを書き取る能力も精密になっていきます

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(”フォノグラム”「音図」が経絡の正体? )


「悟り」とは ただ単に「超健康」になることだと 私は思います
それがなかなか難しいのですが・・・・・・

つづく


 
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フォノグラム 物理学からの類推 (1)

現代科学というのは 良くも悪くも記述科学のことを指します。
記述科学とは 言語表現可能な対象のみ扱うこととする立場です。

また理論的に矛盾がなくても、実験的に実証できなければ 客観的実在として認められません。
これが、現代物理学のとる基本姿勢です(実証主義)。

フォノグラムの研究で、一番頭を悩ませるのが、どのように言語で表現し、どのようにして
その実在性を実証するのかということです。

科学というのは、答えを出すこと以前に、多くの人と問題を共有できるようにしなければなりません。
それが一番難しいのですが、これが出来なければ、フォノグラムという現象はこの世に存在しないに等しいわけです。

ある個人の能力に依拠するような狭いものであるならば、それは科学(万人に共通の普遍的なもの)ではありません。
いつまでたっても個人的夢想(神秘思想、体験)で終わってしまいます。

(かといって、科学的に説明できないことと実在しないことは同じではありません。)

ブログをはじめて 半年近くが過ぎましたが、間接的に、フォノグラムの実在性をなんとか紹介する努力をしてきました。
フォノグラムを利用した楽器制作、東洋医学との関係、クラドニ図形との対比などを例に
その有効性、実在性を示してきたつもりです。

フォノグラムという現象は、既存の科学(物理学や音響学)の中に探すことができません。
しかし、似たような概念や、似たような数学的対象を探すことはできます。

あくまで”フォノグラムそのもの”を表現したものではないのですが、
既存の概念の中で類推を考えるのは、意味のあることですし、実際、どこが違うのかを示さなければ
なりません。

まだうまく説明することが出来ないのですが、今まで考えてきたことを、そのままの形で報告することはできます。

答えが合っているか 間違っているかではなく、そう考えたらどうなるか?
という視点で付き合っていただけたらと思います。

もしも わたしのようにフォノグラムが見えたとしたら 誰でもそう考えてみたくなる、というようなことを書いていきたいと思います。

まずは似ているものを探してみます

uzu na
(流体力学の支配方程式 ナビエ ストークス方程式の数値解の一つ)

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(ヴァイオリンのネックロール ただの装飾のように考えられていますが
 実は フォノグラムラインでデザインされています。 意識的にか 無意識的にか 発案者に聞いてみないとわかりません。)


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(いわゆる 対数螺旋といわれているものです。オウムガイの殻の説明でよく出てくるものです。
 ナビエ ストークスの渦巻きも近似的にはこの対数螺旋と同じものです。)

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(円錐の頂点から 等距離に直線を降ろし、その直線群と常に等角度になるように線を結んでいく
 その線を上から射影して見た物は 対数螺旋になる)

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フォノグラムの渦巻きは対数螺旋に近いものだと解ります。
なぜそうなっているのかは しばらく置いておいて
「何と似ているか?」「どこが違うか?」を調べていきましょう。

なにせ 未知のものに向かうわけですから、初めから正解はありません。
次回からは フォノグラムの支配方程式(そんなものがあると仮定して)を
流体力学のナビエ ストークス方程式との類推で考えてみたいと思います。

フォノグラムは「一種の流れ」と考えたくなるのですが、、、、、、

つづく

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