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共鳴現象の非可換性について (4)

共鳴現象を3種類に分けて考察してきました。
最後に

③ 「ヒト(生命体)」と「ヒト(生命体)」の場合

の共鳴現象を見ていきましょう。
③は東洋医学の鍼灸理論などの経絡現象にあたります。


われわれは、確たる人格をもった一個人として生きていると思っています。
しかし、われわれは、「部屋で一人のときの顔」、「恋人といる時の顔」、「仕事をしているときの顔」
また「集団の時に見せる顔」、「二人でいるときの顔」、「三人でいるときの顔」、いろいろな顔を
無意識に演じています。


相手を意識した瞬間に、身体のフォノグラムは変化します。ですから、人格というものは、相手があって初めて、「固定される」ようなものです。
相手は、いつもコロコロ変わります。その相手のフォノグラムは常に違いますから、
ある相手と「同期(共鳴)」するということは、その相手と自分が同じフォノグラムを共有するということになります。
ですから、他人を否定しても仕方がないという結論になってしまうのです。
確たる自己なんてものは幻に過ぎないことがわかります。
これが「人間社会」のおもしろいところです。(フォノグラムは個人では閉じない!)

さて、ここでも共鳴現象の非可換性を見て行きたいと思います。

      A:恋人に会う (弛緩)
      B:仕事に行く (緊張)

とします。これはもちろん非可換で

      A*B¬=B*A

です。
(簡単に言ってしまうと)弛緩した後に緊張するのと、
緊張した後に弛緩するのとでは意味がまったく違ってくるということです。
これがもし可換だったら、人生は味気ない気がします。

これもフォノグラムに現れます。

 恋人に共鳴した状態のフォノグラム

きっとこれは、綺麗なフォノグラムが採れるでしょう。
二人でいるときのほうが一人でいるときよりもフォノグラムが整うからです。
でなければ、恋人とはいえません。

次に

 仕事などで、責任が伴う状況での人間関係に共鳴した状態のフォノグラム

きっとこれは、外に意識を向けなければなりませんから、緊張状態にあると思います。
「嫌だな」と思うこともあるでしょうから、ここではフォノグラムが乱れます。
(そうでないことも、もちろんあります。あくまで、たとえ話です。)

やはり、この場合も結果が「共鳴」した順番に依存してしまいます。

すばらしい人間性とはなにか?
これは、楽器と人の共鳴で「ホワイトノイズ」が共鳴の順序によらない、高い対称性を持った状態であることと同じように考えることができます。

つまり、どんな人間に、どんな順番で、どれだけ多くの人と出会っても、
「影響を受けない状態の人」、「フォノグラムが常に乱れない人」だと考えられます。
神道では、「鏡」でたとえられる状態です。

身体のフォノグラムの調整において、目指す状態はこの状態ですが、「鏡」を磨くことができるのは「他人からのストレス」だけです。だからストレスはあっていいのです。

また、平田式熱心療法のところでも見ましたように、経穴などの治療点も「患者」と「施術者」の
共鳴により浮き上がるものです。
もちろん、施術者のほうが「より多くに共鳴できる状態」です。
病人と施術者がまず共鳴することにより、一体になり、(つまり病気をフォノグラムの意味で共有し)
そこから一緒に治っていくということになります。

そして、このことを「思いやりの力」、「仁術」といったのでした。

人それぞれフォノグラムは違います。そこに良いも悪いも本当はありません。
ただ、より対称性の高いフォノグラムの持ち主のほうが「自由」なことは確かでしょう。

何か「人間的に優れたもの」になるためではなく、「本当の自由」を獲得するために
そのような人間になれたらいいなと思います。
その状態が、フォノグラムでは、曼荼羅形象になるのは偶然でしょうか?

楽器と人の共鳴現象において非可換から可換に転じた時
ホワイトノイズができることを見ました。
人と人の共鳴現象が非可換から可換になった時、何が起こるでしょうか?

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共鳴現象の非可換性について (5)

共鳴現象というものを3種類に分けて考えてきました。
とりわけ「人」がかかわる共鳴現象は「共鳴の非可換性」という概念を用いて、物理学や音響学の
共鳴現象と明確に区別しました。

人の無意識の共鳴というのは、結構な肉体内部の運動を誘発します。
様々な状況に応じて、共鳴状態を無意識に変えていきますから、とてつもなく疲労します。

やはり、「身体のフォノグラム:気」の動きは、肉体と連動していますから、心が運動すれば、それに伴い肉体も疲労します。実は、スポーツなんかよりも体力を消耗したりもします。
「思考」のような心の運動も、立派な肉体の運動なのです。

ここで、肉体のどこかに弱点がある場合、共鳴に際して、うまく変化させることができない場合が起こります。いわゆる「障る」というやつです。

fig24_20120120213240.jpg
(楽器;渦が二つある状態、内部で二つの秩序が喧嘩している状態では、周囲と共鳴を起こすのは難しいでしょう。人間も同様に考えることができます。)

「人」が関わる共鳴現象において、その共鳴状態の「記憶素子」にあたるのが、身体のフォノグラム
なのです。
そしてそれは、筋肉の運動を伴います。


ある状態に共鳴した後に、身体のフォノグラムの状態を
共鳴「ゼロ」の状態(完全静止状態)に戻すことができなければ、少しずつ濁った状態に移行するでしょう。筋肉はそのつど疲弊していきますから、肉体を持つ間は、完全に「ゼロ状態」でいることは
不可能でしょう。

これが「人」が関わる共鳴現象が非可換になる理由です。
「記憶素子」が肉体であるため、ある一定以上、その状態をキープしてしまうからなのです。

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(コンピューターのメモリでさえ、うまく初期化できなければ、どんどんバグが溜まってしまう。)

前回にも説明しましたが、この人間の生理反応のおかげで、
音楽における芸術表現が意味を持つことになりますし、
人(生命)と機械を隔てている大きなポイントになっていると思われます。

*(従来の)数学が無機質に感じられる理由もこの辺にあるのではないかと思います。

よい楽器を造るにも、治療技術を高めるにも、まず、肉体を「ゼロ状態」に整えなければなりません。

「ゼロ状態」とは、フォノグラムで「渦」が丹田だけにある状態です。
傷のない「記憶素子」を用意することは、全ての前提になってくるわけです。

この部分(生命体を記憶素子に使っているところ)が、実際の能力の差に現れたり、客観的観測ができない理由でもあります。
しかし、ここまで事態を抑えることができれば、少しは「フェアー」な気がします。
どうでしょうか?

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音楽と、粘菌と、フォノグラムと (1)

そろそろガチで「フォノグラムとは何か?」というテーマを扱って行きたいと思います。
今までの記事は、すべてこのための用意のようなものです。
まだ、用意万全とは言えませんが、前に進んで行きたいと思います。


フォノグラムの”点”や”線”はそもそも何を表わしたものなのか?
どういう風に描いているのか?

まず、フォノグラム「音図」の”点”にあたる、タッピングトーンの説明をしたいと思います。

何か鈍器で板を叩いた時に出る音をタッピングトーンといいます。
その時、聞こえる音は「一つの音」ではなく「複数の音の重ね合わせ」として聞こえます。
以下の図がイメージ図です

タッピングトーン


板の各点に「音の集合」が張り付いています。各点に対応する「音の集合」は無限集合であり、要素は各点によって異なります。

実際に、板の各点を叩いて、聞こえる音をマーキングしていきます。
頭の中で、基本振動数に聞き分けて、マークしていってもよいですし、web spectrumのような
スペクトルを表示するものを利用してもよいです。

*ここでは、概念的に説明していきたいので、以下のように、ドレミファソラシドで音のラベリングをします。別にHZでも構いません。ラベリングは統一されていれば何でもいいです。後からいくらでも変換できます。
一つの振動数にラベリングをするというのは、一つの基底を造るという事です。無限次元線形空間の基底変換がラベリングの変換にあたります。多様体の各点に無限次元線形空間が一つ一つ対応していると考えられます。
このことは、再度詳しく議論していきます。*

これは、形式的に多様体の各点に関数要素(フーリエ級数、テーラー級数)を対応させたものになります。


      f(x)=ΣAnEXP(inθ)    Σ;無限和

X:板の一点   f(x):Xにおけるタッピングトーン



Anは各振動数の分量、   EXP(inθ)は各振動数、  含まれない振動数はAn=0として扱う

タッピングトーン2


基本的に、板状の異なる2点のタッピングトーンは違います。
当然、含まれる「音の集合」も違うわけです。
音を合わせて彫っていくということは、
この「音の集合」を全ての点において同じにするということです。

ここでは、話を簡単にするため、上図のように、A点における「音の集合」をCメジャーコードの音列
B点における「音の集合」をC#メジャーコードの音列とします。

*言葉の定義をしておきます
「音の集合」を音列集合ということにします。
また、音列集合の要素がコードのような協和関係にあるとき、協和音列集合ということにします。
音列集合の要素が不協和関係にあるとき、不協和音列集合ということにします。*

さて、音を聞いて、音を合わしていくには、A点におけるCメジャーコードの音列集合を全て半音上げることによって、B点のC#メジャーコードの音列集合にあわせるか、もしくは、B点のC#メジャーコードの音列集合を全て半音下げることによって、A点のCメジャーコードの音列集合にあわせるかのどちらかになります。

*あくまで 話を単純化して進めています。物事の本質を浮き上がらすことができるからです。
 理論構成が整ってきた時点で、もう一度、現実の複雑な場合に適用してみようということです。*

板を削ることによって、音列集合を操作することができますから、どちらかを削り落とすことにより、
異なる二つの音列集合を、一つにあわせることが出来るようになります。

音を聞いてあわせるという厳密な定義は

    音列集合を同一にする     *一般に音列集合は無限集合です。*

という意味になります。

タッピングトーン3


またA点の近傍においては、Cメジャーコードの協和音列集合が
B点の近傍においては、C#メジャーコードの協和音列集合が対応していますが、
その共通部分はどうでしょうか?

CメジャーコードとC#メジャーコードが共存すると、不協和音になってしまいます。
共通部分のC点においては不協和音列集合になっていることに注意です。

一般に

協和音列集合と協和音列集合の共通部分は必ずしも協和音列集合ということにはならない

ということがいえます。

つづく

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