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思い出アルバム ~魔法の記憶~ (1)

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福永さんの工房;ここで研鑽を積みました。
私が彼から学んだことは、「魔法」でした。
「生命の樹」を我々は探していたのです。

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我々の15年は大変美しいものでした。
「神話」の中を二人で旅していたような気分でした。
地上におけるどんな特権よりも、私はこの研究に出会えたことを幸福に思います。

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彼との会話はいつも研究の話でした。
私たちは日が暮れるまで、芸術、科学、哲学、宗教について語り合いました。
いつも 真、善、美 がそこにはありました。

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彼は、楽器制作と音楽をこよなく愛していました。
数学の美しさと芸術の美しさに同じものを感じていた私は、フォノグラムにすぐに引き込まれました。
知らず知らずのうちに不思議の国に落ちていったのです。

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彼との出会いは、学生時代、郵便局のアルバイトでした。
私は、たしか、リチャード=ファイマンの物理学の本を読んでいました。
そこへ彼がやってきました。

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当時の私は、デカルトのような革命的な仕事をしたい、命懸けで真理を探し当てたいと
本気で考えていました。
そしてそれができると信じていました。

出会ったのはそんな時でした

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なんでもヴァイオリンを作っているらしく、作っているうちに不思議な能力を手に入れたとか。
相手に触れるだけで悪いところが分かるといったのです。
私は、半信半疑でしたが、どちらかというと、そういうこともあっても良いと思っていました。
次の瞬間、驚きました。
私の両膝の手術のことを見事に当てられました。
これにはビックリしたものです。

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私は「気」というものの実在性を、身をもって体験したのでした。
今までの常識が音を立てて崩れていきました。
そしてこれが自分の進むべき道だということも、すぐに直感しました。

その時、彼の見ていたものがフォノグラムだったのです。



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思い出アルバム ~魔法の記憶~ (2)

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彼は、この世界を「音楽」を通して理解していました。
私は、彼の言葉を理解するために、「音楽」を学ばなければなりませんでした。

「音楽」とは?

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「音楽」は何のためにあるのか?

「音楽」は死者を弔うためにある。
死者とは、文字どうりの意味もあるが、人間社会における 「物言えぬ弱者」や 
「忘れ去られてしまった存在」
そのようなものの「魂の慰安」のためにある。

そんなようなことを何よりもまず教えられました。

当時の私は未熟な青年でした。
自分の能力を過信し、弱い者に対する「思いやり」のようなものが、育っていなかったのです。


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彼は、いつも私を見透かしていました。
私は、恐ろしくもあり、また、嬉しくもありました。
彼こそが私の求めていた「道」だったのです。


彼は、私の荒れていた「気」を少しずつ「柔和なもの」に変えていってくれました。
私は、「心の平安」というものが、少しずつですが、自分の中に育っていくのを感じました。

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当時、郵便局での深夜のバイト中は、私にとっては修行の場でした。
体に仕事をさせながら、待機時間等に、彼から教えを受けることができました。
肉体的には辛い仕事でしたが、心は天空に飛び立っていました。
まるで長い間、牢獄の中で、老賢人と共に修行をしているモンテクリスト伯のようでした。

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「気感」を育てる修行というのは、ものすごい忍耐力を要求してきます。
それは、まるで「点滴で岩を砕く」ようなものでした。
岩が砕け落ちる前に、ほとんどの人はやめてしまいます。

私と彼は、あらゆる意味で真反対の性格でしたが
共通する性質が一点だけありました。

それは、



「出来るまでやめない」




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思い出アルバム ~魔法の記憶~ (3)

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少しづつですが、彼の見ている世界を観ることができるようになってきました。
はじめは、ぼんやりと。
じょじょに、はっきりとした実在感を伴って観えるようになりました。

「五感」を通して見ているこの世界というものは、「目」に訴え、「耳」に訴えてくるもの
がよく映るのですが、
「五感」を通さずに、「気感」でこの世界を観るようになると、世界は全くちがって見えてくるのです。

「目」や「耳」はすぐにごまかされます。
「気」はごまかすことはできません。

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盲人だけの世界で たった一人だけ目の見えるものがいたとします。
果たして、その目の見えるたった一人の話を、盲人たちは理解できるでしょうか?

「虹は七色をしている。」

盲人たちは問います。

「虹はどんな音ですか? 柔らかいものですか?」

フォノグラムの説明が難しいのは、この状況と同じです。

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私と彼は、「気感」だけでコミュニーケーションを図っていました。
相手の「気」を読み取り、「脳」に翻訳させていました。

「脳」などというものは、たいして賢いものではありません。
細胞の中に眠る、無限の情報庫に直接アクセスすれば、知識など必要ないのです・
これを「一切智」といいます。

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フォノグラムの研究は、宗教や民俗学、文化人類学、ユング心理学などの直接の中身であり、
身体のフォノグラムのすべての図形変化と、
それに伴う意識変性から、その中身を感得しうるのです。

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「人類に器ってやつがあるのならば、僕らはそれと戦っているんだ。」

生前の彼の言葉です。


私は、フォノグラムの研究に没入していきました。


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