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タッピングトーンと音の聴き分けについて

*研究ノートです。まだ完全に整理されていない段階のものですが、自分にとって意味のある考察で、
 あまり読み手に伝わるような気がしない内容のものを扱います。
 自分のノートです。適当に読み流してください。

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なにか「物」を叩くと「音」が出ます。
また、逆に、「音」さえ出ればそれは何かの「物」と考えて良いでしょう。

何かを叩いて出る音をタッピングトーンといいます。
このタッピングトーンは単音ではなく、複数の周波数の音の集合として聞き取ることができます。

この時一体どのくらいの種類の周波数の音を聞き分けることができるでしょうか?

注意深くタッピングトーンを聞いて、その中にある音にラベルを貼っていく訳です。
いわば、頭の中でタッピングトーンをフーリエ級数展開するのです。

また、この能力は人によって同じではないでしょう。
たいていは、2音、3音、多くても4,5音ぐらいが自然に聞き取れる音の種類でしょうか?
音楽的トレーニングを積めばもっとよくなるかもしれません。
また、モーツアルトのような音楽的天才は一度に10音以上(あるいはもっと)の音を聞き分けられたようです。

タッピングトーンに含まれる音の周波数を、どのくらい聞き分けることができるか
という問題は、そのタッピングトーンの協和関係の意味を大きく変えてしまいます。

たとえば、モーツアルトのように、10音以上の音をはっきりと聞き分けることができる
耳の持ち主には明らかに濁って聞こえる(不協和な)タッピングトーンも、
3音ぐらいしか聞き分けることのできない耳にとっては澄み切った(協和した)音に聞こえるかもしれません。
感度が低いおかげで、余計な音をマスクしてしまうということです。
(余計な音をマスクできない、感度のよい耳の持ち主には
耐え難いノイズとして聞こえてしまうはずです。)

これは、「ヴァイオリンの名器が存在するか」という問題にもつながる話です
あまり感度のよくない耳の持ち主には、その辺の楽器とストラディバリなどの名器との違いは
存在しないことになるということです。

さて、このことを考慮に入れた上で本題に入ります。

フォノグラムはタッピングトーンの分布を示したものですが、これは少し説明を簡単にしてしまっています。
本当は、タッピングトーンの複数の周波数の音を聞き取って、その複数の音(和音)の協和度のピークと不協和度のピークに印を付けたものがフォノグラムの正体です。
したがって、聞き分ける音の能力差によって、協和の意味が変わってきてしまいます。
このことはこれ以上議論しませんが、2~3音聴きわけができさえすれば最終的に問題はないことを
後からもう一度突っ込んで考えます。

このタッピングトーンに含まれる複数の周波数の音を音列集合と呼ぶことにします。
音列集合は無限集合としておきます。

音列集合は板の各点に張り付いていますが、板を削って共鳴状態を変えれば、音列集合の協和度に変更を及ぼすことができます。それは連続的に変化します。
そして、音列集合には協和のピークと不協和のピークが必ず存在します。

このとき、複数聞こえる音列集合の代表的に聞こえる音だけに注目してもそのピークが確認されるはずです。
また、前半で議論したように、音の聞き分けの能力差によって、協和のピーク、不協和のピークの意味合いが違ってきます。

とにかくここで重要なことは、音列集合には協和のピーク、不協和のピークが存在していること、
そして、協和、不協和という情報はフーリエ級数にはないこと、また、協和、不協和という情報は生理反応がもとであることです。

音列集合の不協和のピークは、肉体の生理としては「緊張」を誘発し、協和のピークは「弛緩」を誘発します。
この肉体の弛緩と緊張によって、音列集合の協和のピークと不協和のピークをプロットしてできたものが
フォノグラムです。

フォノグラムが計測できないのはこういった理由からですが、逆に言えば、肉体の弛緩と緊張とタッピングトーンの協和度のピークと不協和度のピークが対応することがはっきりしたので、それを検出できるモニターを考えれば
観測データとする事が出来るはずです。それは生理反応を反映するものである必要があります。

これは客観的なデータになりえると思います。
なぜなら、これこそ音楽が存在できる理由であるし、整体が効果する理由でもあるからです。


つづく

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探していた振動

*研究ノートです。まだ完全に整理されていない段階のものですが、自分にとって意味のある考察で、
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共鳴板のタッピングトーンは複数の音の集合であり、これを音列集合と呼ぶことにする。
音列集合は無限集合であり、形式的にはフーリエ級数として書くことができる。
この無限の音列が、共鳴板上の全ての点において同じになる時、その共鳴板の音響スペクトルはホワイトノイズになるはずである。

ならない共鳴板、板切れの音列集合を調べると、あまり多くの種類の振動数が含まれていないことに気がつく。
というのは、鳴る部分と 鳴らない部分がはっきり分かれていることが聞き取れるからである。
鳴りすぎる部分は、音列集合がある周波数の音の協和関係の音だけが含まれている。
これは一見いいように見えるが、限られた音列しか含まれていないことを示す。
また、逆に、鳴らない部分に関しても、逆の意味で限られた音列しかない。
これが、フォノグラムの渦巻きがたくさんあることと、その音響スペクトルがホワイトノイズ型になっていない理由の一つである。

また、協和のピークと不協和のピークが交互に現れるという経験的事実は、音列集合の配合を連続的に変化させる時、新しい音を作り出す毎に、それまでの音列の協和、不協和のピークが振動するからである。
新しい音とはそれまでの音列集合の周波数には含まれない互いに素な物でなければならないから、
この、協和のピークと不協和のピークの振動の極限は、最終的にホワイトノイズに導くのである。
経験的にははっきりとしていることだあるが、この協和ピーク振動の触れ幅は、アル極限に近づく。
基本的に各点の音列集合の音を増やすことは、互いに素な周波数成分を増やしていくことである。
これがホワイトノイズになるということに結びつく。
むしろ、ホワイトノイズの新しい定式化!

驚くべきことに、ホワイトノイズを作り出すことは、協和、不協和という生理的反応を利用したフォノグラムの方法でたどりつくことができるのである。
また、これは数学的にも記述する事が可能であると同時に、音楽的にも矛盾していないという結論に達する。
これが、数学と音楽をその故郷に返すといった意味である。

ここにきて、初めて、主観的といわざるおえないフォノグラムの方法が合理化されるのである。

鳴らない楽器の音響特性は中間部の振動が少ない。
これは互いに素な音がまだ少ないために起こることである。
互いに素である音が多く含まれていればそれだけ、音のバリエーションを増やすことができる。
理論的にはそれは無限個考えることができる。
それは比が無限にあるということであり、言ってしまえば素数のことである。
音階はスケールに依存しないのも、比率だけが問題だからである。

このことは素数に対する新しい見方を生み出したことになる。

つづく

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協和音とホワイトノイズの関係

*研究ノートです。まだ完全に整理されていない段階のものですが、自分にとって意味のある考察で、
 あまり読み手に伝わるような気がしない内容のものを扱います。
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和音というのは協和関係にある音列で構成されるものであるから、
互いに素である整数比のものが余りにたくさんあっては和音にならない。

2声 3声せいぜい4声の曲はあるが、5声以上の曲はあまり聴いたことがない。
当たり前のことだが、それは不協和音になってしまうから、楽音にならないのである。

ホワイトノイズは、和音とは対称的性格のものである。
それは、互いに素である整数比の音列を極限まで重ね合わせたものである。いわば雑音である。

また不協和音とホワイトノイズも異なる概念である。
それは、協和関係ではない、せいぜい3から4声の互いに素である単純でない整数比からなる音列である。
また不協和音は協和音に一つ余計な音を入れさえすれば構成することができる。
3和音に、その中に含まれておらず、それらどの音にも素であるような比率の音を一つ混ぜれば
それは不協和音になってしまうだろう。

音列集合は協和のピークと不協和のピークを交互に振動する。これを協和ピーク振動(ちょっとダサいので後から変更)と定義する。音列集合は、共鳴板を削って、その成分比を変更することによって、音列を増やしたり、
協和関係を変えたりすることが出来る。

仮説1;協和ピーク振動の振動幅が徐々に小さくなっていくのは、互いに素な比の音列が増えていくためである。
また、ピークが振動するのは、互いに素な音が一つ造られると、その音が協和関係を壊しながら、なじんでいく過程が一周するだろうからである。(うまく言葉にできてない、がたぶん正しい。)

仮説2;協和ピーク振動の触れ幅は徐々に小さくなり、それは極限をもつ、その極限における音列集合は
ホワイトノイズである。

これが探していた答えである。これをうまく定式化し、証明することができれば、長い旅から開放される。
これがフォノグラムを合理化する唯一の道である。

互いに素な整数比の無限集合は、素数の集合である。



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