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音で太陽を造る ~黒体2~

全ての周波数(波長)の光(電磁波)を含むものが「黒体」

全ての周波数(波長)の音     を含むものが「ホワイトノイズ共鳴板(白体)」

という対応関係から何が見えてくるでしょうか?

以下は 黒体放射のスペクトル分布です

kkkkk.png

各温度に対応してスペクトル分布は移動しますが、山形の形は変わりません。
分布の基本的構成は変わらないということです。
中間領域のスペクトル成分が十分にあるというのが特徴です。

これは黒体(太陽)の光のスペクトルですが、この分布を光でなく音で実現したものが
白体(ホワイトノイズ共鳴版)ということになります。

ホワイトノイズ共鳴版は いわば音の太陽なわけです。

たいていの楽器は 低音域か高音域のどちらかしか出ていません。
名器かどうかの分かれ目のひとつが、どのようにして中間領域の音域を豊かにするかです

ケメンチェ型スペクトル_convert_20110809031432
(ケメンチェ型 :たいていの楽器の音響スペクトル、高音成分と低音成分に分離
  中間の音域がない)

↓ こうなるように彫るには? (フォノグラムの渦を消していけばよい)

ホワイトノイズスペクトル_convert_20110809032239
(黒体の光のスペクトル分布と同じ分布、これはホワイトノイズと同じ。) 


これは 比率の問題であり、配合の問題なのです。

酒造りなどに似ています。 うまい配合をしなければ”醗酵”が”腐敗”になってしまいます
全ての面を同じ音にするというのは、こういった音の配合の問題を考えるということです。

またこのことは フォノグラムの渦(不動点)を一つにしていくことと同値です。

fig11.jpg

↓周辺の渦を消していくと一つの渦が中心に形成される

fig5_20111230204930.jpg


太陽が中心から光り輝いているように、
共鳴版の一つの中心から音が放射されるように観じます。

この太陽のスペクトル分布が、楽器の名器の音のスペクトル分布(ホワイトノイズ)と同一なのは偶然
でしょうか?

古来より、多くの宗教が太陽を崇めています。

image.jpg


また、ホワイトノイズは心理的に安息効果が確かめられており、赤ちゃんは大好きみたいです。
音や光は物理的に見ている間は関連性が見えてきませんが、このようにスペクトル分布に着目すれば
それは配合の問題として関連付けることが出来るのです。
 
そこに楽器の形、人間の形の秘密があると考えるのは面白いと思いませんか?

こういう意味において光と音は統一的に考えていくことができるのです。

光、音、時間(作用)、空間(カタチ)、などをこういう視点でまとめ上げれば、新しい科学理論が生み出せるはずです。

スペクトルの分布(ホワイトノイズ)を基準量(不変量)とするような理論構成から逆に、時間や空間を構成していければと考えています。

kansei1.jpg


私にとって、楽器制作の研究は、宇宙論であり、宗教の起源(生命の起源)を探る研究なのです。


つづく

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光の表現の歴史的変遷 ~黒体3~

黒体(太陽)の光と、ホワイトノイズ共鳴版の音のスペクトル分布を比較して
その類似性から何が見えてくるかを話題にしてきました。

音で太陽のスペクトル分布を真似れば、それはホワイトノイズになるということを見てきました。
また、いままで、フォノグラム(音図)による楽器制作と、人体の皮膚膜上の張力ギャップの補正が
対応していることも見てきました。

楽器制作で施したことを人体の皮膚膜にも適用してみようということです。

黒体2では

音で太陽を造る

という表題を付けましたが、今回は”人体で太陽を模してみる”とでも表現できるのでしょうか?

全ての皮膚膜状の音を揃える。
そのときフォノグラムの渦は一つにまとまる。
共鳴版ではそれはホワイトノイズになり
太陽の光のスペクトル分布と同じになる

のではないかと考えてきました。

実際に人体のフォノグラムを調整していくと、丹田だけに不動点がある状態になりますし
精神的には非常に穏やかで 明晰になります。
これは内部感覚なので共有することも、確認することもできないものです。
外から見たらどんな感じでしょうか。
そういった状態を、昔の宗教画が表わしていたようです。

2010011420521897c.jpg
アンドレイ・ルブリョフ 「至聖三者(三位一体)」 1410年頃

人体のフォノグラムを調整していきますと、丹田だけに不動点が出来る状態になりますが、
宗教画や仏像の後光はむしろ 胸を中心に光り輝いているように見えます。

肉体(陰)の不動点が肉体の丹田位置にあり、霊体(陽)の不動点が肉体の胸の位置に来る
のでしょうか?
肉体は重力の影響を受ける構造になっていますので中心が丹田位置にあり、
見た目は肉体と同じである霊体は、重力の影響は受けませんから その中心が胸の位置に来るのでしょうか?
はっきりしたことはわかりませんが、昔の絵画や美術品にその痕跡が見られます。
彼らは、空想を書いていたのではなく、何らかの事実をそのまま書き表そうとしたのでしょう。

ルネッサンス以降、科学合理主義の芽生えとともに、このような表現は非合理な表現とされてきました。光というものを五感の外でしか感知し得ないものとして扱い、その忠実な表現に移行していきました。射影幾何学のような数学が生み出されたことはそのような背景があったからです。

vermeer23.jpg
(光の画家 フェルメール 射影幾何学に忠実な光の表現)

われわれは科学文明の発達の極点にいますが、何かを見落としてきてしまったようです。
それを、拾いつむぐことができるでしょうか?

フォノグラムの研究はそれを可能にするでしょうか?

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